学校での活動 ★日本語の授業を受け持つ理由★
~異文化理解としての日本語~
ここで長期ボランティア、インターンとして参加する際、近所の小学校での日本語の授業を受け持つことになります。経験や資格に関係なく、各自それぞれのアイデアを出し合い、日々の子どもたちとの授業を通して、様々なことを楽しく学ぶことができます。
海外であるタイにおいて「日本語を教える」というと、子どもたちにとって日本語が必要だからと思いがちかもしれません。
ミラーを通しての日本語の授業は、科目・語学としての「日本語」ではなく、日本語を知ることによって子どもが異文化を体験し、異文化や勉強への興味を持ち、学校での学びを深めることができることを目的としています。
学校での学びは、子どもたちにとって毎日の生活に関するものと異なるため、学びに対する意欲をあまり持てず、十分な教育を受けないまま街に出てしまうケースがあります。
そのような机の上だけの学びに対し、私たち日本人が母語である日本語を紹介していくことで、子どもたちは「こんなこともあったのか!」「もっと知りたい!」と学ぶ楽しさを知ることができるでしょう。ゲームや歌、クイズ、調理実習など、教える側も楽しめる授業を考えながら行っていくことは、教える・教わるという受身の教育とはまったくちがった発見があり、子どもたちとの交流を通して、私たち自身もまた多くの学びを得られます。
また、この土地に住む子どもの保護者は、日本のように机の上での学習だけでなく、お休みの日に両親が様々な所へ子どもを連れて行き学ばせるということは、経済的に困難であるがためにほとんどありません。自分の暮らすコミュニティ以外の世界を知る機会を知らないことは、ある文化が勝っていてある文化が劣っているという短絡的な差別をうみだす原因でもあります。
日本語を知ることで、タイ人の子どもたちも山岳民族の子どもたちも、「この世の中にはいろいろな言葉や文化があるんだな」「自分が持っている文化は、そんなたくさんある文化のうちのひとつなんだな」と考えるきっかけを持つことにつながります。
そして、文化は多様なものであり、優劣はないと知ることで、山岳民族の子どもたちは自分がいるコミュニティの文化を見直し、誇りを持って自分自身を取り戻すことができることをミラーでは期待しています。
また、タイ人の子どもは、山岳民族の文化とのちがいに対してそれが劣っているというこりかたまった考えを改めることができるかもしれません。
このように、私たちの文化を紹介するということは、山岳民族に対する差別意識をなくし、山岳民族の人たちが自信を持って自分たちの文化を残していく足がかりとなります。
授業を受け持つ学校は、タイ人が大半を占める学校、山岳民族やミャンマーからの生徒も多数いる学校とさまざまです。授業として登録している学校もあれば、有志の子どもたちが集まるクラブを教える場合もあります。ボランティアが、学校、学年それぞれで毎日の反応がちがいに戸惑い、試行錯誤を重ねながらその日を終えることも多いです。日本語の授業を持った日は、必ず日誌にその日の授業内容と反省点を記録します。それまでに子どもたちに教えるという経験がなくても、以前の記録を見ながら、どのように自分も子どもたちも楽しんで学ぶことができるか考えていきます。
授業内容は決してかたくるしいものではなく、ゲームをしながら日本語を教えたり、一緒に歌を歌ったり、お好み焼きを作ったりと、自分のアイデア次第でどんなことでも挑戦してみることができます。また、ミラーのボランティアスタッフが同行するので、英語での説明も可能です。
恵まれない人たちの役に立ちたい、助けたいと思う気持ちは自然なものです。
しかし、他者である私たちがいざ現地に来てみるとそれはとても難しく、ボランティア同士で頭をひねらせながら学校に通っているうちに、日本語を教えるのではなく、いつの間にか教わっているのは自分たち・という経験をするかもしれません。実は、ボランティアとはそういうものだと言えるかもしれないのです。小学校では、子どもたちはすぐに私たちの名前や顔を覚えていて、慣れてくると、休み時間に名前を呼んで「こっちにきて!」と遊んでいる輪に入れてくれたり、「これ知ってる?」と手遊びを教えてくれたりと、私たちをいつも楽しませようとしてくれます。また授業中も、子ども同士が教えあったり、ボランティア側が困ったときに率先して協力してくれます。このような子どもたちの姿は、私たちに、「お互い様」「助け合い」という言葉を思い出させてくれるでしょう。子どもたちとお互い持つものを伝えあい、助け合いながら過ごした時間は、日本が今持っている問題にも問いを投げかけます。
日本は確かに豊かですが、子どもたちが持っている人間らしさを、私たちはいつの間にか忘れてしまっていないでしょうか?ミラーでのボランティア期間を終えた後、私たち日本人も、日本語、日本の文化に対して、まったくちがった考えを持つようになっているかもしれませんよ! 思い切り体を動かし、五感を使って、異文化としての日本語を考え、子どもたちと切り開いていきましょう!

ここで長期ボランティア、インターンとして参加する際、近所の小学校での日本語の授業を受け持つことになります。経験や資格に関係なく、各自それぞれのアイデアを出し合い、日々の子どもたちとの授業を通して、様々なことを楽しく学ぶことができます。
海外であるタイにおいて「日本語を教える」というと、子どもたちにとって日本語が必要だからと思いがちかもしれません。ミラーを通しての日本語の授業は、科目・語学としての「日本語」ではなく、日本語を知ることによって子どもが異文化を体験し、異文化や勉強への興味を持ち、学校での学びを深めることができることを目的としています。

学校での学びは、子どもたちにとって毎日の生活に関するものと異なるため、学びに対する意欲をあまり持てず、十分な教育を受けないまま街に出てしまうケースがあります。
そのような机の上だけの学びに対し、私たち日本人が母語である日本語を紹介していくことで、子どもたちは「こんなこともあったのか!」「もっと知りたい!」と学ぶ楽しさを知ることができるでしょう。ゲームや歌、クイズ、調理実習など、教える側も楽しめる授業を考えながら行っていくことは、教える・教わるという受身の教育とはまったくちがった発見があり、子どもたちとの交流を通して、私たち自身もまた多くの学びを得られます。

また、この土地に住む子どもの保護者は、日本のように机の上での学習だけでなく、お休みの日に両親が様々な所へ子どもを連れて行き学ばせるということは、経済的に困難であるがためにほとんどありません。自分の暮らすコミュニティ以外の世界を知る機会を知らないことは、ある文化が勝っていてある文化が劣っているという短絡的な差別をうみだす原因でもあります。
日本語を知ることで、タイ人の子どもたちも山岳民族の子どもたちも、「この世の中にはいろいろな言葉や文化があるんだな」「自分が持っている文化は、そんなたくさんある文化のうちのひとつなんだな」と考えるきっかけを持つことにつながります。
そして、文化は多様なものであり、優劣はないと知ることで、山岳民族の子どもたちは自分がいるコミュニティの文化を見直し、誇りを持って自分自身を取り戻すことができることをミラーでは期待しています。
また、タイ人の子どもは、山岳民族の文化とのちがいに対してそれが劣っているというこりかたまった考えを改めることができるかもしれません。
このように、私たちの文化を紹介するということは、山岳民族に対する差別意識をなくし、山岳民族の人たちが自信を持って自分たちの文化を残していく足がかりとなります。

授業を受け持つ学校は、タイ人が大半を占める学校、山岳民族やミャンマーからの生徒も多数いる学校とさまざまです。授業として登録している学校もあれば、有志の子どもたちが集まるクラブを教える場合もあります。ボランティアが、学校、学年それぞれで毎日の反応がちがいに戸惑い、試行錯誤を重ねながらその日を終えることも多いです。日本語の授業を持った日は、必ず日誌にその日の授業内容と反省点を記録します。それまでに子どもたちに教えるという経験がなくても、以前の記録を見ながら、どのように自分も子どもたちも楽しんで学ぶことができるか考えていきます。

授業内容は決してかたくるしいものではなく、ゲームをしながら日本語を教えたり、一緒に歌を歌ったり、お好み焼きを作ったりと、自分のアイデア次第でどんなことでも挑戦してみることができます。また、ミラーのボランティアスタッフが同行するので、英語での説明も可能です。
恵まれない人たちの役に立ちたい、助けたいと思う気持ちは自然なものです。
しかし、他者である私たちがいざ現地に来てみるとそれはとても難しく、ボランティア同士で頭をひねらせながら学校に通っているうちに、日本語を教えるのではなく、いつの間にか教わっているのは自分たち・という経験をするかもしれません。実は、ボランティアとはそういうものだと言えるかもしれないのです。小学校では、子どもたちはすぐに私たちの名前や顔を覚えていて、慣れてくると、休み時間に名前を呼んで「こっちにきて!」と遊んでいる輪に入れてくれたり、「これ知ってる?」と手遊びを教えてくれたりと、私たちをいつも楽しませようとしてくれます。また授業中も、子ども同士が教えあったり、ボランティア側が困ったときに率先して協力してくれます。このような子どもたちの姿は、私たちに、「お互い様」「助け合い」という言葉を思い出させてくれるでしょう。子どもたちとお互い持つものを伝えあい、助け合いながら過ごした時間は、日本が今持っている問題にも問いを投げかけます。
日本は確かに豊かですが、子どもたちが持っている人間らしさを、私たちはいつの間にか忘れてしまっていないでしょうか?ミラーでのボランティア期間を終えた後、私たち日本人も、日本語、日本の文化に対して、まったくちがった考えを持つようになっているかもしれませんよ! 思い切り体を動かし、五感を使って、異文化としての日本語を考え、子どもたちと切り開いていきましょう!

by mirrorvolunteer | 2011-12-31 23:00 | 活動1:学校 | Trackback

